舌がヒリヒリ痛む。
歯科医院で「異常ありません」と言われた。
それでも痛みが続き、不安や気分の落ち込みまで出てきた……。
このような症状で悩まれている方は少なくありません。
近年、舌痛症(Burning Mouth Syndrome:BMS)は単なる「原因不明の舌の痛み」ではなく、慢性疼痛として考えられるようになってきました。そのため、慢性疼痛の治療で使用される薬剤が舌痛症にも応用されることがあります。
その代表的な薬剤がサインバルタ(デュロキセチン)です。慢性疼痛治療ガイドラインでは、デュロキセチンは慢性疼痛に対して有効性が高い薬剤の一つとして位置づけられています。
さらに近年では、トリンテリックス(ボルチオキセチン)についても、舌痛症患者を対象としたランダム化比較試験が報告され、新しい治療選択肢として注目されています。
この記事では、
- トリンテリックスとはどのような薬なのか
- サインバルタとの違い
- なぜ舌痛症で使用されることがあるのか
- 現時点で分かっているエビデンス
について、歯科医師の立場から分かりやすく解説します。
トリンテリックス(ボルチオキセチン)とは?
トリンテリックス(一般名:ボルチオキセチン)は、うつ病の治療薬として承認されている抗うつ薬です。
従来のSSRIやSNRIとは異なり、
- セロトニン再取り込み阻害作用
- 複数のセロトニン受容体への作用
を併せ持つ「マルチモーダル抗うつ薬」と呼ばれています。
そのため、
- 気分の改善
- 不安の改善
- 睡眠の改善
- 認知機能への好影響
などが期待される薬剤です。
なぜ舌痛症で使われることがあるのでしょうか?
以前は、舌痛症は「原因不明の舌の痛み」と考えられていました。
しかし現在では、神経障害性疼痛や慢性疼痛としての側面が注目されています。
慢性疼痛では、
- 痛みが長期間続く
- 睡眠障害
- 不安
- 抑うつ
- 痛みに対する過敏状態
などが互いに影響し合い、症状が慢性化すると考えられています。
つまり、
「気持ちの問題だから抗うつ薬を使う」のではありません。
抗うつ薬には、
- 痛みを抑える神経回路(下行性疼痛抑制系)を活性化する
- 神経の興奮を抑える
- 不安や抑うつを改善する
という作用が期待され、慢性疼痛治療薬としても使用されています。
そのため、気分の落ち込みや睡眠障害を伴う舌痛症では、これらの薬剤が治療の選択肢となることがあります。
サインバルタとトリンテリックスの違い
どちらも抗うつ薬ですが、特徴には違いがあります。
| 項目 | サインバルタ(デュロキセチン) | トリンテリックス(ボルチオキセチン) |
|---|---|---|
| 薬剤分類 | SNRI | マルチモーダル抗うつ薬 |
| 慢性疼痛に対するエビデンス | 非常に豊富 | まだ少ない |
| 舌痛症の臨床研究 | あり | あり |
| 不安・抑うつへの効果 | 期待できる | 期待できる |
| 睡眠への影響 | 改善することがある | 改善を示した報告あり |
| 副作用 | 吐き気、眠気、口渇など | 吐き気はあるが比較的少ない報告 |
現時点では、
慢性疼痛全体ではサインバルタの方がエビデンスは豊富です。
一方で、
舌痛症(BMS)に限定すると、トリンテリックスにも有望な研究が報告されており、新しい治療選択肢として期待されています。
エビデンス|トリンテリックスは本当に効く?
2021年に発表されたランダム化比較試験では、150名の舌痛症患者を対象に、
- トリンテリックス
- パロキセチン
- セルトラリン
- エスシタロプラム
- サインバルタ(デュロキセチン)
の5種類の抗うつ薬が比較されました。
評価項目は、
- 痛み(VAS)
- 疼痛スコア
- 不安
- 抑うつ
- 睡眠
- 副作用
など、多面的に評価されています。
その結果、すべての薬剤で痛みや不安、抑うつは改善しました。
その中でもトリンテリックスは、
- より早い改善傾向
- 痛みの改善
- 不安・抑うつの改善
- 睡眠の改善
- 副作用の少なさ
という点で良好な結果を示しました。
ただし、この研究はオープンラベルランダム化比較試験であり、プラセボ群を設けていないという限界があります。また、この1本の研究だけで、
「トリンテリックスがサインバルタより優れている」と断定することはできません。
現時点で言えるのは、
慢性疼痛全体ではサインバルタのエビデンスがより豊富である一方、舌痛症ではトリンテリックスも有望な治療選択肢として期待されている
ということです。これが、現在の医学的エビデンスに最も沿った結論と考えられます。
どのような患者さんに向いているのでしょうか?
トリンテリックスやサインバルタは、すべての舌痛症患者さんに適応となるわけではありません。
特に次のような方では、治療選択肢として検討されることがあります。
- 歯科医院で「異常なし」と言われたものの、舌のヒリヒリが続いている
- 数か月以上痛みが続いている
- 不安や気分の落ち込みを伴う
- 睡眠の質が悪くなっている
- 痛みが日常生活に支障をきたしている
- 慢性的な痛みを他にも抱えている
一方で、
- 双極性障害
- 緑内障
- 重度の肝障害
- 他の抗うつ薬との飲み合わせ
など、慎重な判断が必要となるケースもあります。
そのため、これらの薬剤は患者さんごとの病歴や併用薬を確認したうえで処方することが重要です。
副作用について
どの薬にも副作用があります。
サインバルタ(デュロキセチン)
代表的な副作用
- 吐き気
- 眠気
- 口渇
- 便秘
- めまい
- 血圧上昇
- 離脱症状
慢性疼痛治療ガイドラインでも、吐き気や眠気などに注意しながら少量から開始し、徐々に増量することが推奨されています。
トリンテリックス(ボルチオキセチン)
代表的な副作用
- 吐き気
- 軽い消化器症状
- めまい
舌痛症を対象とした比較試験では、他の抗うつ薬と比較して副作用が少なく、忍容性(続けやすさ)が良好でした。
ただし、副作用の感じ方には個人差があります。
「副作用が少ない薬」というより、
患者さんによって合う薬が異なる
という理解が大切です。
当院の考え方
舌痛症では、まず歯科医院で
- 虫歯
- 歯周病
- 義歯の不適合
- 口腔粘膜疾患
- カンジダ症
- 金属アレルギー
などを確認することが非常に重要です。
つまり、
歯科での診察は決して無駄ではありません。
しかし、
口腔内に明らかな異常が認められず、
慢性疼痛や神経障害性疼痛として薬物療法を検討する段階になると、
歯科医師が処方できる薬剤だけでは十分な治療が難しい場合があります。
実際、舌痛症で使用される薬剤の中には、
- トリンテリックス
- サインバルタ
など、歯科医師では処方できない薬剤もあります。
そのため、
「歯科では異常なしと言われた」
ということは、
治療が終わりという意味ではなく、次の治療段階に進むタイミングであることも少なくありません。
当院では、
- 口腔内の評価
- 舌痛症の診断
- 慢性疼痛としての評価
- 心理社会的背景の評価
- 必要に応じた内科的薬物療法
まで含めて、総合的に診療しています。
薬だけでなく、
患者さん一人ひとりの症状や生活背景を踏まえて治療方針をご提案することを大切にしています。
まとめ
近年、舌痛症は慢性疼痛として考えられるようになり、抗うつ薬による治療も重要な選択肢となっています。
現時点では、
- 慢性疼痛全体ではサインバルタ(デュロキセチン)のエビデンスが最も豊富であり、慢性疼痛治療ガイドラインでも推奨されています。
一方で、
- 舌痛症ではトリンテリックス(ボルチオキセチン)の有望なランダム化比較試験も報告されており、新しい治療選択肢として期待されています。
どちらの薬が適しているかは、
- 痛みの性質
- 気分症状
- 睡眠
- 全身状態
- 併用薬
などを総合的に判断して決定します。
自己判断で薬を選ぶことは難しいため、専門医と相談しながら治療方針を決めることが重要です。
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参考文献
- Adamo D, Pecoraro G, Coppola N, et al. Vortioxetine versus other antidepressants in the treatment of burning mouth syndrome: An open-label randomized trial. Oral Diseases. 2021;27(4):1022-1041. doi:10.1111/odi.13602
- 慢性疼痛治療ガイドライン作成ワーキンググループ 編. 慢性疼痛治療ガイドライン. 真興交易(医書出版部); 2018.
- CQ13 デュロキセチンは慢性疼痛治療に有効か
- CQ15 その他の抗うつ薬は慢性疼痛治療に有効か
- CQ6 慢性疼痛治療における目的と最終目標は
- CQ2 慢性疼痛にはどのような分類があるか




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